*にいがた 「食と農の明日」(25)*
<渡辺好明・新潟食料農業大学学長に聞く①>
<開学4年目 NAFUの現状と今後>
―地域とくらしの役に立つ大学目指す―
―「まず実践!稚拙でも提言を」―
6月30日に新潟食料農業大学(NAFU)の新潟キャンパスで約1時間、新潟市の「田園型政令市と農業戦略特区」をテーマに学生さんに説明する機会をいただき、その後、3人の先生と一緒にパネルディスカッションでさらに1時間余、新潟市の取り組みについて話を深めさせていただいた。これは、農水省出身でこのブログにも登場いただいた武本俊彦教授からお声掛けいただいたもので、私にとっても新潟の地で「食と農」を学ぶ学生たちに直接触れる貴重な機会となった。講義とパネルを80人近い学生から聞いてもらい、後に感想コメントを76人の学生が武本先生に提出、私も拝見した。コメントを読んで感じたことは「学生たちの意志・決意が随所に述べられており、私の話を自分ごととして捉え、自らのこれからに活かそうとの姿勢が強く感じられる」というものだった。この感想コメントから私は、NAFUの理念の1つである「実学~地域とくらしの役に立てる」や、建学の精神の1つである「常に好奇心をもって取り組む『創造力(Creativity)』を育む」ことについて、学生たちが開学4年目で既に体現しつつあると受け止め、「NAFUの今後に大きく期待したい」との気持ちを強くした。
写真=新潟食料農業大学の渡辺好明学長
さらに7月上旬には、この理念や建学の精神など、NAFUの基盤をつくられた渡辺好明学長(元農水次官)にインタビューし、NAFUが新潟の「食と農」の課題を整理しつつ新潟の可能性を引き出す大きな推進力となることを確信した。以下、3回にわたり、そのインタビューを紹介する。1回目はNAFUの開学から4年目に入った現状について聞いた。
<大学の理念や建学の精神が浸透>
―6月30日に、NAFUの1期生である4年生に話をさせてもらい、また感想コメントもいただいて、「大学の理念や建学の精神が4年目で良く浸透している」との感想を得ました。中でも女性たちが大変に熱心に話を聞いてくれた気がします。
渡辺好明学長 やはりそうですか。今の4年生、まぁ、わが大学の1期生ということですが、女性が非常に勉学に熱心で、成績もいいんですよ。1期生は男女比率が7対3くらいですが、これが6対4ぐらいになると丁度良くなるでしょうか。
写真=新潟食料農業大学の新潟キャンパス(新潟市北区)
―お話しのように開学4年目に入りました、新潟の地に食料農業大学を開学するに当たってのお気持ちというか、目指された方向から聞かせてください。
<「新潟を支えているのは多様性」>
渡辺 新潟を支えているのは、私は多様性だと思っています。地理的にも、歴史的にも、新潟は多様ですね。「自由・創造力」と並ぶ本大学の建学の精神の1つに、他者の考え方や行動を尊重する「多様性」を挙げてあります。また、私は「地域とくらしに役立たないものは学校ではない」と思っています。NAFUの理念の1つとして、「実学~地域とくらしの役に立てる」を掲げているのは、そんな気持ちからです。
―建学の精神には「自由、多様、創造」とあり、先ほどの「多様性」が含まれているのも、新潟の土地柄にもマッチさせているのですね。
渡辺 そう、「建学の精神」の3つにはそれぞれに「但し書き」がついていて、自由は「自己規律に裏打ちされた」としました。これは、自由の意味を「何をやっても良い」とはき違えられては困るし、バーナード・ショーが言った「自由の裏側には責任が伴っている」との意味を込めての言葉です。3番目の「創造」も難しく考えないよう「好奇心を持ちなさいよ」としました。学生には「誰かに聞かれて答える」のでは、なく「誰かに聞きなさいと」と。「アンサーではなく、アスクの方が大事だ」と伝えています。
写真=新潟食料農業大学の建学の精神(左)と、同じく理念=共に同大学資料から
―なるほど。「実学」と「創造」はいいですね。私も大好きな言葉です。新潟という地域の多様性に冒頭、触れられましたが、地域との関係を大事にされていますね。
<新入生は胎内の三八市に出店>
渡辺 胎内キャンパスで主に学ぶ新入生は、15人程度のグループを組んで、300年の歴史を持つ胎内市の三八市に6月から7月初めにかけて出店します。「まず、実践」の考え方です。各グループは大学からの出資金5万円をもとに出店準備から始め、出店すれば来場者との会話・聞き取りなどを行います。終えてからの総括には、胎内市職員や地元の生産者からも入ってもらい、率直な意見交換を行います。小さなビジネスの形を取りながら、その地域の歴史の伝承、そこに暮らす人たちとの融和、地域の産物を知ることなどに努めます。さらに2年生になると特定の地域、それは市町村単位よりもう少し小さい単位で、例えば胎内市なら旧黒川村地域の集落に入って地域のお年寄りたちから「オーラルヒストリー」を取ってきてもらう。地理と歴史を知るということは、その地域が持っている資源を総ざらいすることになります。だから、「土地のことは古老に聞け」と。その上で聞きっぱなしにしないで、「稚拙でも良いから、地域の提案をしなさい」とも言っています。そこで学んだ結果を地域に還元しなければなりません。ここは2年目までで9分通りうまくいったと思います。そこにコロナが来てしまったけれど、先生方が工夫してリモートなどで色々とやってくれました。
写真=新潟食料農業大学の胎内キャンパスの案内塔(左)と校舎の前で農業実習をする学生たち(胎内市平根台)
―地域に入ってお年寄りの話を聞く、というのは良い試みですね。お年寄りたちにとっても若い学生さんに自分の生きてきた道や地域の歴史について語ることは、生き甲斐にもなるんじゃないでしょうか。また、新潟には江戸時代から実学を好む気風があり、それが現在、NSGグループなどの専門学校に結びついている気もします。
渡辺 そう。専門学校で問題意識を持ったら、そこから技術を持って深く入っていってほしい。専門学校から大学、大学から大学院、という風にですね。
―大学院の準備は進んでいますか?
<来年度は大学院を開設の予定>
渡辺 構想では来年、大学院を開設します。大学院で教える先生たちはみんな国から合格が出ました。スタッフとしてはそろった、ということです。大学院に進みたい希望者は10人ほどいるんですが、初年度は6人程度から始めようと考えています。
―「小さく産んで大きく育てる」方式でしょうか。そう言えば、大学の開学初年度はかなりの定員割れでのスタートでした。
渡辺 理由は二つあったと考えています。一つは「食料産業」という言葉の浸透度が低かったこと。これはある意味、やむを得ない。この言葉は「食と農とビジネスを分離させない」という意味を込めて私たちが創りだした考え方です。それ
までは、この3要素がみんな分離していたんですね。3年かけて、かなり浸透してきました。もう一つは「少子化と新潟の地理的特性」ですね。でも、これは「面白い大学だ」と思ってもらえば解決すると思います。
―いま、学生の県内比率はどのくらいですか?
<「何事も競争と協調が大事」>
渡辺 県内が3割、県外が7割です。留学生も全体の2割ほどいます。大学としては、県内4割、県外6割ぐらいが良いと思う。今年から新入生180人のうちに県内の高校出身者を対象に「10人の特待生枠」をつくっていきます。でも、新潟県や新潟市からは「よその県から多く来てくれる方がありがたい」と言われる。まぁ、何事も競争と協調ですよね。競争がなければ進歩がないし、協調がなければ安定がない。適度な割合・関係が大事なんでしょうね。新潟もそうだと思うんですが、いずれは「超混住」の時代がくると思います。「食と農」に関係している人、そうでない人。新潟にずっといる人、都会から来た人。あるいは新潟に滞在してまた帰る人とか、多様になってくる。
―「超混住社会」とは「ダイバーシティ(多様性社会)」のその先のイメージでしょうか。
渡辺 地域に住んで一緒に仕事をしている人でも、その人たちはずっとこの地域に暮らしていくわけじゃない―そんな関係人口が増えていく。そこで競争・協調関係ができていくといいですね。新潟は神社の数が全国一多いと聞きましたが、それは集落単位にあります。新潟の場合、そんな大昔からずっとあった訳じゃない。新田開発や開墾で移り住んだ人が集まり神社をつくってきた。その一方で首都圏や北海道などに新潟県人は大勢移住していった「人口供給県」でもありましたよね。競争・協調関係が築かれると、新潟は地理的特性や歴史も生きてくると思う。これからは人々が地域で多様に暮らしていける時代です。排他的なところはダメになります。
―なるほど。先ほど新型コロナウイルスの影響の話が出ましたが、大学全体としてどうでしたか?
<NSGグループで連携に基盤>
渡辺 やはり、去年の新入生は可哀想なことをしました。去年の10月まで授業もリモートでした。特に入学式ができなかったことは痛恨の極みでした。それと新潟キャンパスの活用も遅れが出た。NAFUは2キャンパス制ですが、東大のように1、2年生が駒場、3、4年生が本郷という形ではなく、1、2年生も月・火曜日は必修授業で新潟キャンパスに来ています。それはコース制の縦割り、年次の横割りが交流を阻む要素なので、その弊害を排そうということでやっています。とは言っても、新潟キャンパスが本格的に動き出すのは「3年生が誕生する3年目から」と思っていました。そこにコロナでしたから、新潟キャンパスの活用が遅れてしまった点はあります。新潟キャンパスは新潟市という大消費地に近い特性があり、消費地との連携やマーケットに近い方たちの話を聞くキャンパスにしていきたい。しかも新潟キャンパスが立地する島見には、同じNSGグループの新潟医療福祉大学という堂々たる20年選手がいるし、新潟のまちなかにはバイオ農業専門学校もあります。「農福連携」とか「モデル農場」とかをやっていきたい。スポーツ医学と手を組んで「スポーツと食」の分野や、栄養学の力を使って食材の機能性・栄養面についてエビデンスを確立していくなど、次の発展を狙っていけます。
―胎内キャンパスで取り組んだ地域との関係づくりが、新潟キャンパスでも生きていくということでしょうか。
<「コロナ禍での遅れ、取り返す」>
渡辺 胎内では先ほど申したように、早い段階から地域社会に入り込んでいきました。三八市の実践では、新製品も生んでいます。例えば、胎内特産のサツマイモ「べにはるか」は甘くておいしいが、差別化・ブランド化がされていませんでした。それを学生たちがネーミングやロゴマークなども工夫して、さつまいもバター「はるかなた」として売り出している実績があります。「マコモダケ」も機能食品として販売する可能性が出ています。さっき言った栄養学の力を使ってマコモダケの機能性・栄養面のエビデンスを明らかにしていくこともできる。地域との関係で一定の到達点があるから、遅れは十分に取り返せます。普通は色んな連携の基盤をつくっていくことが必要なのに、地域との連携基盤があり、NSGグループだけでも色んなことができる基盤もあります。消費者に農業を楽しんでもらうことも含め、可能性は非常に大きいと思う。
―開学4年目、コロナの影響はあっても、NAFUの方向性や理念に揺らぎはないということですね。
<「地域との連携、さらに深めていく」>
渡辺 建学の精神や理念はまったく変わりありません。地域との関係もさらに深めていきます。胎内市は米粉発祥の地でもあり、グルテンフリーの観点から米粉は世界から注目されている。日本最大のコメ産地である新潟で、NAFUが地域と組む意味は大きいと思っています。
―ありがとうございます。NAFUについて色々とお聞かせいただきました。次のテーマは新潟の「食と農」の課題や可能性についてお聞かせください。
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